今願うこと
自分になにか出来るわけじゃないけど、切に願うこと。
新メイド服が本当にオリジナリティ溢れてて細部までこだわりや愛が詰まっていたのでこれは本当に評価されて欲しい。

頑張った人は報われて欲しいとは思うけれど、中でも心と体と時間を費やしてただ己の信念を積み上げて成した唯一無二のものには特にその価値を見出したいと思う。
ものを作る人の事を本当に心から尊敬する。自分には出来ないから。ゼロから1を生み出すという事は世界に自分の存在を刻む行為であり、後に残る何かを成し遂げていることで、偉業だなと思う。
素人の僕には造形の美しさを事細かに表現したり何がどう凄いって言い表すことが出来ないのがもどかしいけれど、世界のメイド服やありとあらゆるかわいい服を作っている人に届いて、これは凄いと感心を受けて欲しいなと思う。
めちゃくちゃバズったらいいな。
シャル自体も同様に正当に評価されて欲しい。
そのオリジナリティや今のこのチャレンジ精神を語り尽くすのは置いておいて、少なくともとりあえず閉店の心配は無いくらいに潤って欲しい。
とはいいつつ穏やかさも好きな部分はあるので、恒常的に一定の人数はいるくらいで。
どちらかと言うと単価を上げるのが1番平和的解決だと一生思ってるので値上げは良かったなと思う。
メイドさんも全員幸せになって欲しい。
全員に推しがついて欲しい。
それぞれの良さを見い出せる人に出会えて欲しい。
かぐやちゃんには世界で1番幸せになって欲しい。
本当に心から。
その為に自分の貢献出来ることなんて本当に何でもするけれど、それじゃダメな事も痛い程に理解している。
ので、
あの人の心を満たせるほど、自分を認めてあげられる程に沢山の人に評価されて欲しい。
自分にとってはこの世界に生まれて何よりも価値を感じた存在だから、難しい事だとは全く思わない。
もはや他者じゃ山のように積んでもどうにもならないのだとしたらせめて嫌な事や悲しい事が1つでも減ったらいい。
寂しい思いをしなければいい。
心身ともに健康でいて欲しい。
なんでもない日
2025年1月25日。ご帰宅の記録
「なんかラーメン食べたい人がいるって聞いたよ」
🌙「そうなんですよ、、、。ラーメン食べれなかったんですよ、、、!!!ちゃんぽんとラーメンの違いって何ですか?」
「だいぶ違うけどね。ちゃんぽんは野菜スープに麺入ってるみたいなヘルシーなやつだよ」
🌙「ふむ。なんかラーメン屋入ったらラーメンって文字が無くて」
「?!?」
🌙「タンメンって文字しかなくて。」
「大事故じゃん」
🌙「流石に入ったから出るにも出られずタンメン食べた。私は家系ラーメンが食べたい😭」
「流石に真逆過ぎるもんね。。身体がヘルシーになって求めてた家系から遠のいたまである。」
🌙「そうなの。」
「でも🌙がご飯食べてくれるだけで僕は大分嬉しいよ。生きれる。」
🌙「でも聞いてくださいよ。最近週5でマック。」
「5はやってるな。何食べてるの?」
🌙「!!それが最近テリヤキマックと言うものに出会ってしまったんですよ」
「ああー!!それは。邂逅してしまった。」
🌙「そうなんですよ。あれ甘いんですよ。めちゃくちゃ身体に悪そうな味するんですよ」
「食べ物は甘けりゃ甘いほど良いに決まってるもんね。」
🌙「もうヤバい。不健康。」
「でも太ったようには1ミリも見えないけどね」
🌙「肌がヤバいのよ。テカっちゃう。」
「あなたただでさえ存在が輝いているのに。後光差してるのに。」
🌙「もう後ろからも前からもピッカピカです。」
「夜道も安心だね!」
🌙「まあでも良くないんですよ。」
「うーん、せめてレパートリーというか種類増やしたら?」
🌙「うーん、、、あ!レパートリーありますよ。デリバリーもしてます」
「全然駄目。そう言う事じゃない。むしろ動いてない分より不健康だから」
🌙「むしろデリバリーの人が運動してる」
「そうだよデリバリーの人がどんどん健康になっちゃうよ。」
🌙「困った。」
「まあ頑張ってください」
〜その日のアートオリカク〜

〜帰りにツーショット撮るとき〜
🌙、自撮り用にスタンドライトのスイッチをつける。インカメにして自撮りをお願いする為にiPhoneを🌙に渡す。
インカメをかざして
🌙「ああ〜!!!私のお顔がアンパンマンみたいにほっぺピカピカしてるwww大変〜!!!」
「本当だwwwでも僕の方がめちゃくちゃテカってるから!大丈夫!(?)」
アンパンマン2人ではい、チーズ!をした。
そんな他愛の無くて何でも無い、でも今日も楽しくて沢山笑い合った輝かしい1日だったことをここに記録する。
月が綺麗な日
2024年5月19日
僕は、幸せでした。
大切なこの感情を、ここに記録する。

初めて出会ったのは、入り口の看板の前でで逡巡している時だった。
誰も知らない空間に目の前まで来て入る勇気が出ないでいた僕を見つけて、優しく微笑んで出迎えてくれた。
かぐやさんという、そのメイドさんはとても綺麗でお淑やかで、どこか別世界から来たように儚かった。
優しく、丁寧に話しかけてくれるかぐやさんと言葉を交わしている間はあれだけ怖気付いていたこの場所にどこか安らぎを感じた。
それから1週間後、シャルロッテの入り口に着いた時には楽しみが勝っていた。
また顔を見せた僕を出迎えてくれた笑顔は、温かみが増したように思えた。
かぐやさんと話す時間は、いつも新鮮で楽しかった。話せば話すほど、僕の世界に彩りが増えていった。
どこか不思議で、なんか分からないけど凄い人。この人の事を、もっと知りたいと思った。初めてハンターハンターと出会ったときのようなワクワクがあった。
僕はかぐやさんという作品のファンだった。
誕生日を迎えて次にご帰宅した日、僕はいつも頼んでいたアイスココアを辞めて初めてかぐやさんのオリジナルカクテルを頼んだ。
かぐやさんが作ってくれたオリジナルカクテルは、ココア風味の甘いドリンクだった。

添えてくれた絵には三つ編みのかわいいメイドさんが描かれていた。「かぐやだよ」と丁寧に描かれたその愛らしいイラストと、こんなに素敵なものを作ってくれているのに逆にありがとうと伝えてくれたその気持ちが温かくて、笑顔になった。
誕生日おめでとうございます。お祝いできて嬉しいですと優しく笑うかぐやさんは素敵なメイドさんで、僕はシャルロッテに出会えて良かったと思った。
次にご帰宅したときには会って話す楽しみ以外にかぐやさんのオリカクを作ってもらう楽しみが増えていた。
オリカクを頼んで提供してくれたとき、彼女のブリムがズレ落ちて目のところにかかった。
その姿が何だかすごくお茶目で、子どもみたいでかわいかった。
目の前のこの人に、かわいらしい女の子の像を結んだ瞬間だった。なんだか、この人の本質に触れたような気がした。
初めてオリカクを3杯頼んで、ブリムがズレ落ちた自撮りを撮ってもらった。
この日から、かぐやさんは僕の世界で1番かわいい存在になった。

僕のご主人様人生に雑なタイトルを付けるとするならば、「ブリムを落としたたけなのに」かもしれない。スマホを開けばかぐやさんがブリムを落とし続けている世界は、平和だった。
かぐやさんの真ん中にはそもそもの人間としてのかわいらしさがあった。
そして、その無邪気で無垢な天然さから始まる笑顔の連鎖が、シャルをいつも温かく包んでいた。初めて体験したバースデーで皆に愛されて幸せそうに笑う彼女を見て、
この人がいつまでも笑顔でいられる世界がいいなと思った。
その日から今日まで、どうすればこの人の幸せに1つでも貢献出来るかが僕の至上命題だった。
そんなシンプルなこの問題は、人生のどんな過去問よりずっと難しかった。
かわいいって伝える度への字口が返ってくるし、ブロマイドを買うと私の買うと夜枕元に出ますよ、と謎の脅しをしてくる。素直に褒める程、貴方には幻覚が見えてますからね、と返ってくる。
推すこと自体は素直にあの人の幸せを願っているつもりでも、周りのメイドさん達が全員皆推してくれている人達に愛を込めて応対しているのを見ると浮き彫りになるようで、寂しさを勝手に感じる事もあった。
それでも、空回る僕の事も彼女はウケる、と笑い続けてくれた。

ん〜〜〜なんか全然格好良くは無いけどまあいっか〜〜〜となった。
不器用な僕にも笑って成立させてくれたのはあの人だった。そんなかぐやさんと過ごす日々の中で、愛とは与えるものでは無くて、相手を認めて受け入れる事なのだと知った。
そして、僕は何かをしてきたつもりが、貰ってばかりな事に気づいた。頭が上がらなすぎる。
きっと、下を向いてブリムを落とし続けていたのは僕の方だった。
下を向くな。ブリムが落ちるだろ
かぐやさんのメイド人生を全力で受け止めるぞの心構えになった。
原点回帰。何も難しいことは無い。
全力で楽しんで、笑えばいいのだ。顔色を伺うのではなく、ただおはなし、オリカク、全部を全力で楽しむ。
それはとても簡単だった。なぜなら、かぐやさんは天才だったからだ。何度会ってもその新鮮さを失うことなく楽しいお話をくれる。その豊かな見識と豊かな感性、強すぎる癖は変幻自在で、毎回世界各地に旅行するようなものだった。毎回楽しみに頼むオリカクに、その期待を百発百中で斜め上に超えていく綺麗さ、楽しさ、や温かさ、甘さや糖分が届けられる。

チェキはいつも楽しい思い出に唯一無二の落書きが施されて返ってくる。
何より、あの人自信がいつも1番楽しんでいるのだ。僕を笑わせようとふざけてオリカクを作る時いつもカウンターからいーっヒッヒと魔女のような不敵な笑い声が聞こえてくる。その度殺される….と戦慄するが数秒後には一緒に爆笑している。1つ1つが、心のこもった僕へのサプライズプレゼントだった。
お話もいつも楽しく聞いているうちに、ねえこれ聞いてくださいよ〜が増えてきて、内心ウッキウキになりながらうんうん、聞かせてと笑う。
彼女はメイドの全てを全身全霊で楽しむ、メイドの天職だった。
そんな彼女の本気が見れるバースデーイベントにはいつも腕が鳴った。彼女の考え抜いた全力の作品を、全力で楽しんでやろうと。
あの日から変わらず僕は、かぐやちゃん先生の作品の大ファンなのだから。
全部の作品を、1ページも余すことなく楽しんで、考察して。毎回分厚すぎるレビューを送った。僕と彼女の関係性に名前を付ける必要なんか無く、ただその全身全霊の対局の後にかけがえの無い棋譜が生まれてきた。
それは、確かに自分の人生の財産だ。
自分が何より尊敬し敬愛する人と全力で戦えた事を誇りに思う。
ちょっと宿儺が過ぎるか。
でも、その時だけは少しだけ自惚れられるのだ。その強者故の孤独を埋められるのは自分だからこそだと、僕という個が存在していた瞬間だった。
かぐやちゃんと過ごす時間は、今が1番楽しかった。
お互いにこれ絶対笑うなと思いながら“話したい”を持ってきて、どれだけ時間があっても話が尽きない1番の親友でもあった。この6年間、1番話した人間が他でもないかぐやちゃんだった。

それに、お互いの信用が安心に変わって、離れていてもその安心があれば強くなれた。
もう相手を求めて力むことも無い、お互い心地良い距離感を一緒に形成出来たのだと思う。
他人であって、もう他人では無かった。
そんな唯一無二の大切な存在。
これ以上、何も望むことは無かった。
この時間がずっと続けば他には何も要らなかった。
生涯をシャルで添い遂げる覚悟だった。
閉店の知らせがあったとき、
心のどこかでそうだよなと思った。
僕は、自分の人生をどこかで諦めていた。
そう上手くいくはずが無いと。
ようやく掴んだ幸せも、終わってしまう方が納得がいく。そんなに甘くない。
別にネガティブな訳では無い、僕自身は極端なリアリストだ。
だからこそ、この空間の幸せに浸っている時間は浮世離れしていて、居心地がよかった。
自分に最後に出来ることを考えよう。それがご主人様最後の仕事だ。
答えを見つけるのは簡単だった。
今の僕達だからこそ、あの人の正解はもう見えていた。
あの人のメイド人生を全力で成功体験にしよう。
それが最後に出来る餞だ。
それは簡単で、難しい。
間違い無くあの人は最高のメイドさんだった。
最高のメイドさん過ぎたのだ。
あの人を語るには、自分の持つ言葉はいくら並べても足りない。
自分の全部の絵の具を尽くしても足りるわけが無い程に鮮やかな幸せの色だった。
、、、無理かもしれないな。
そう、諦めようとしたときだった。
かぐやちゃんから、最後の動画でメッセージを貰った。
それは、全く他ならぬ僕があの人に贈りたい思いの全てだった。全く無駄の無い美しい言葉とストーリーで紡がれるその言葉は彼女のメイドとしての温かみや誠実さ全ての集大成とも言える、美しいハッピーエンドだった。
想いを真っ直ぐに心の内で受け取ると涙は堪えきれなかった。何より、流石だなと心から感心した。
最後の最後まで、この人は僕の斜め上をいき続ける。
それは初めて出会った時には信じられないほどに自分を曲げてでも僕に全身全霊で寄り添おうとする心遣いだった。この6年間で1番本気の1手だった。
そして、やられたな。と思った。
同じ命題に対して解答を行うとすれば、これ以上の模範解答は無いと思った。
ただ、自分を思い出した。美しく洗練されたあの人と僕はそもそも違うなと
僕は最初から最後までダサくかっこ悪くいけばいいなと思った。
理路整然とした文章など元から書けないし。ただ自分の感情の流れに筆を任せてありのままで伝えれば、これまで過ごしてきたあの人ならキャッチしてくれるという信頼があった。
自分の言葉で敵わないのなら、皆の力を借りて元気玉をぶつければいい。
6年間分の伏線回収をしてやろうと思った。
これが、最後の対局だ。
その結果がどうなったのかは、答えが聞けない今神のみぞ知るところだ。
それでも、間違い無く言えるのは美しい棋譜を描けたことだ。
最後の時間を語るには未だ僕には語彙力が足りない。
全身全霊で生きて、あの空間に立って笑顔を振りまく姿は彼女の生きてきたメイド人生を示唆しているようで、
彼女の抱えてきたものは計り知れないけれど、ただメイドで居てくれた事に心から敬意を示し、感謝したいと思う。
戦い続けてここに居たこと、決して当たり前な事ではないしこの6年半は貴方がずっと勝ち取り続けてきた勲章なのだとも思った。
貴方が人知れずした努力を、見せない事に敬意を払い僕もそれを労うことはしない。
ただ、時折思ってた。かっこよすぎるって。君は漢柱だよ。
最後に、山のようなチェキと、手紙と誕生日ブロマイドが届いた。

最後の最後まで、僕は貰ってばかりの人生だなと思った。
山のようなチェキのどれもが全力で落書きをして、全力で楽しんで描いている事、
そして、心の底から僕を大切にしようとしてくれている想いがありありと伝わって、沢山泣いた。
落書きの1つに成人男性の号泣に心配になるって大正論が描かれていてまた泣いた。
泣いたら助けに駆けつけてくれるらしいので、嬉しいけどやっぱりイケメン過ぎるなと思った。
健康の為にもくれぐれも“イケメン”も程々にして欲しい。
何より、最後にあの人の顔を見たとき寂しさより会えた嬉しさに涙が出て、最後に流す涙が幸せな涙で良かったと思った。
相変わらずあの人の顔は“ウケる”とでも言いたそうだったけど。
笑ってくれたらそれが僕の幸せだ。
最後のお見送り、ギリギリまで手紙を書いていたせいもあり最後に何かちゃんと伝えなきゃなと思いつつ、気づけばすぐ呼ばれて考える時間は無かった。
「忘れ物はないですか?」と笑顔で問いかける言葉に、これまでの数々の忘れ物人生と「も〜!」と呆れるあの人の顔を思い浮かべる。
最後の最後まで、全然終わりや別れと向き合えてないな、と思っていたのが言葉になり「ありすぎる気がする」と口にするとあの人が高らかに笑った。
それは僕がいつもお給仕の度に目指していた1本だった。何度聞いても、幸せになる。
この笑顔とこの笑い声が、僕の幸せそのものだった。
そのまま笑顔でかぐやちゃんは言う。
「思い出は持った?」
もちろん。
1つ1つの思い出を大切にする僕はよく思い出懐古話をしてた。いちいち覚えてる僕に目を丸くする1幕が数え切れない程あった。一緒に過ごしたどんな過去も全部が僕の宝物だ。
「沢山持ったよ。」
「素晴らしい。」
「それじゃあ、、ご主人様のご出発です」
1000回近く聞いたこの言葉も、今では全てが愛おしい。
明日で終わるのが信じられないというあの人に口角が上がる。
最後まで、全く一緒の想いじゃん。と思った。
最後の最後まで、この人の望んだ最後を描こう。
それは、いつも通りの時間だった。
他愛の無い会話をして、最後まで楽しく笑っていよう。
初めて聞くあの人からの「寂しい。」は、僕が1番聞きたかった言葉だったかも知れないなと思った。
綺麗な言葉よりも、そこに感じる喪失感は確かにそこに温かさを感じていたことの証明だ。
寂しがりな僕の為に未来に向けて沢山策を考えぬいてくれた心の優しいあの人。
同じ気持ちになれた事が幸せだった。寂しさも、互いに抱えるなら1人じゃないと思える。
「ようやく僕と同じステージまで上がってきたか」とチョけると爆笑する。
僕のやってきた事は、間違っていなかった。
沢山のものを犠牲にした。沢山失敗もした。それでも、人生の縁となる幸せな思い出を作る事が出来た。
沢山の笑顔をありがとう。その笑顔が、この6年間を満たしてくれた。僕の1番好きなところ。
寂しいへのアンサーを最後に1つ、用意していた。
「最後に、これ」と言って今年の誕生日に開ける用の手紙と、写ルンですで一緒に撮って大失敗して心霊写真と貸したツーショット写真、シャル店内で一緒に通常お給仕で撮った写真、2人で癒着した写真、そしてあの人がメイドになるきっかけのらいむさんからの最後の労いチェキを渡した。
心霊写真に「あー!これ好きなやつ!」とまた笑う。思った以上に喜んでくれて良かった。
あの人が最後には僕の失敗してるアホところも愛してくれた事、心の底から嬉しかったな。
あの人の前でしか出せないアホは、僕の中の小学生を発散させられる瞬間で、人生に必要な栄養だった。きっとこの先もう得られない栄養。
逆にあの人の出す小学生も、僕の小学生のマブで、2人揃えば最強だった。
その瞬間こそが、青春だったなと思う。
「私はメイドしてるのに依存してたから明日から普通の人間になれる自信ない。」
僕もだ。いや、僕こそ。違いなく、24時間365日、貴方とシャルの事を考えてきた6年間だった。
でも、背中を押したい。君ならきっと大丈夫だ
言葉にはならない。
「強く生きような。」
その言葉には(一緒に)がついている。離れていても、心の中では1人じゃないと思える。
一緒に作ったこの思い出が、僕達を強くしてくれると今では信じられる。
最後が近づく。
「えー、、どうしよう、、いや、本当に!?」
言葉を用意してきてないのは同じで、それも口角が上がる。
「本当にありがとう。大好きだったよ」
全然好きと言えない人生だった。
あの人の幸福を考え続けた僕にとっても、それがあの人を幸せにする言葉だと思えなかったからだ。肯定としての好きはともかく、この途方も無い愛をあの人に対して言葉にするのは躊躇われた。それでも、
心の底から大切で、きっとこれから先も、この人生で唯一心の底から愛した人だったから。
間髪入れずにあの人がツッコむ。
「だったアァ!???」
いや、それは全然言葉の綾!と思いつつ。
1度も得られなかった幸せを最後にありがとうと思った。
「生涯、愛してるよ」
時間が来た。
「それじゃあ、、お元気でね。」
「ずっと幸せを祈ってるから」
「ちゃんと食事食べてね」
口から出る最後の言葉たちはもう、保護者の気持ちに近かった。かぐやちゃんは一つ一つを丁寧に受け取った。
食事だけは保証してくれなかったけど、まあ生きてくれさえすればいいかと思った。
エレベーターに乗る。かぐやちゃんが目の前で笑顔で手を振っている。
最後の言葉は、無意識に口から出ていた。
「世界一のメイドさんだったよ。」
閉まる扉の合間に最後に見た笑顔は、
6年間見てきたそのどれよりも眩しくて、1番幸せな笑顔だった。
本当に大切なものは目に見えない。
目を閉じれば、いつでもこの笑顔のかぐやちゃんが僕の帰りを待っている。
僕は今日も、世界一しあわせだ。

移転2周年おめでとう
シャルロッテ移転2周年おめでとうございます。
本当にあっという間の2年で、密度の濃い2年だったなと思う。
移転した頃は不安の方が多かったこの場所も、今ではもう大丈夫だと安心出来る。
それはひとえにメイドさんの頑張りがあったから。蒲田というメイド文化とは無縁な地でもコツコツと頑張っていればちゃんと見てくれる人はいる。
落ち着く場所だと羽を休める人が本当にこの1年で増えた。
正直綱島時代、そして蒲田来てからの1年くらいはいつも見ている顔が並んでいたように思う。
常連になる人なんて本当に月に片手で数えるくらいなものだった気がする。
それがいつからだろう。
クラウドファンディングやつばきちの復活、他店のメイドさんとの交流をする中で段々と輪が広がっていったのを体感していった。
満席になる事が次第に増え、今では満席にならないことの方が少ないくらい人気店になった。
新規の人も、常連さんも凄い勢いで増えていく。
お店のキャパの方が今では全然足りないくらいだ。
メイドさんも移転した頃から半分以上顔ぶれが変わった。卒業していった人も蒲田から来た人も、本当に素敵なメイドさんが多くて初めて来た人でもまた来たいと思うのは必然のように思う。
僕としてもシャルに対しての感情も色々変わっていった。
綱島閉店まではひたすらに家だと、帰る場所だと思っていた。1番の感情で言うと落ち着く、や安心感だった。
それが思いもしなかった閉店やコロナによって考え方が大きく変わった。シャルは守るべき場所になった。
シャルを守るために全力で出来ることをするメイドさんと同じように僕として出来ることを常に全力でやろうという思いになった。
僕は他人に対して何かを出来るとは思うほど驕っていない。それでも突き動かされるのがシャルで、何故ならシャルはもうとっくに他人じゃなくて当事者になっていたからだ。
あと、僅かだけど僕がいないとメイドがメイドになれない瞬間が昔は少なからずあって、メイドとしての機会損失を僕が防がないと等と思ったりもした。
無事乗り越えられて10周年を迎えられたことは感慨深いもので、その喜びを心から分かち合いたかった。
そして今。またコロナが来ているけれどもう正直閉店の心配はないと安心出来る。何故ならシャルを支えるものが沢山あるから。
放っておいたら潰れそうで思わず手を差し伸べたくなる小さな店はもう無い。
誰からも愛されて、魅力的なメイドさんの揃った立派なメイドカフェがここにはある。
それを誇らしく思う。
毎年1年の半分以上ご帰宅して、ほぼ1番ご帰宅してるご主人様のつもりになっていたけれど今は仕事も忙しくて同じように鼻を高く出来ないけれど。
僕にとってのシャルへの愛はかけた金でも時間でも何でもない。ただ、ご帰宅すること。それが全てだったと思っている。
ご帰宅するということ。それがシャルへの愛を表現する唯一の手段で、3年半での600と数十回のご帰宅がその結果が“シャルいつでも僕の帰る場所”だった事の何よりの証だ。
メイドさんにも、シャルをずっと帰りたい場所にさせてくれてありがとうと言いたい。
いつも温かく楽しい時間をくれたから毎日飽きもせずご帰宅を楽しみに出来た。
逆に、僕は行き過ぎて飽きられてるだろうからそれは本当に申し訳ないと土下座なのだけれど。
ご主人様になったときからエクセルを作って、皆と均等に会えないメイドさんが居ないようにご帰宅を管理していた。長い時間空いたメイドさんと話すことを用意するメモを作った。
昔から今でもずっと、僕は不器用な分努力で人間性を補ってきた。
そして、そんな奥底まで僕を見抜いていつも優しく元気をくれたメイドさん達には敵わないなと思った。人と人とが本心で向き合えるこの場所が大好きだった。
シャルはどんどん進化していくけれど、変わらず優しい場所であって欲しいと願っている。
改めて、シャル移転2周年おめでとう。

僕にとっては大きな節目となった移転はもう過去のものとなり、今では新生シャルとして立派にやっている。
だから移転という節目で祝うのはこれで最後。
何より、2月2日はツインテールの日として過ごした方が幸福度が高い。
30秒の帰納法
かぐやさんの声が、好きだった。
声を聞くと胸が高鳴った。体温が上がった。
笑い声を聞くと世界には嫌な事なんて1つも無い気がした。
その声をいつも聞いていたかったから、
貯めたポイントカードで30秒動画をお願いした。
「撮ってきますね」と僕の携帯を持っていったあの人は思っていたよりずっと長い時間をかけて、僕の元に帰ってきた。
「これであってるかなあ」と手応え無さそうに。
初めて再生したその動画は拙くて、身ぶりもカチカチだった。ロボットみたいに動かす手のぎこちなさからは緊張が伝わってくる。
半ば噛みそうになりながらも僕の名前を呼ぶ。
何度も言葉を詰まらせかけながらも一言一言、精一杯言葉を紡いでいた。
あの人はずっと、優しい目をしていた。
嬉しかった。
名前を呼ばれるだけで、こんなに幸せになれることがあるなんて知らなかった。
30秒間にあの人の持つ温かさが詰まっていた。
心が温まった。
あの日からずっと、その温かさに守られていた。
あの人の紡ぐ語彙が好きだった。
だから、台詞は指定しなかった。
その余白にいつも温かい色を塗ってくれた。
朝起きられないからと「おはよう」をお願いした。
再生すると「二度寝しちゃだめだよ!朝食食べた?支度した?元気に出かけるんだよ。」
と言うまさかの方向性に「母じゃん」と頬が緩んだ。
「君なら出来るよ。かぐやが応援してるからね!」というその言葉があれば朝という人生の宿敵もマブダチになれた。
就活に疲れた時も、動画をお願いした。
僕に撮った動画が収まったスマホを渡しながらあの人は言う。「私はメイドだから貴方のことを傍で労うことは出来ないけど、頑張った1日の終わりに聞いて欲しいって思いを込めて撮ってきました。」
1日を戦ってきた僕に焦点を当てて、解像度を上げて届けようとするエール。
「私はどんな時も、ともくんの味方です。いつも応援してますよ。」
「今日も1日お疲れ様、おやすみなさい。」
そんなシンプルな言葉が心に沁みた。あの人が口にすればそれは僕にとって特別な言葉だった。
いつも味方でいる。そんな言葉を聞くたび元気100倍!アンパンマン!になれた。
ぎこちなくも真っ直ぐなあの人の優しさが好きだった。
修論で追い込みをかけたいときや節目節目で頑張らないといけないとき、無理をする為に「頑張って」動画を度々お願いした。
「頑張り過ぎは良くないですよ。」
「無理しないでね。」
「疲れたり嫌な事があったり、もう頑張れないなと思ったときは、シャルに来てください。私が癒して差し上げます。」
あの人は決して無理はさせなかった。あの人の心遣いに触れると肩の力が抜けた。目の前の壁がちっぽけに見えてリラックス出来た。
本当に必要なのはそういう事だったのかもしれない。僕が人生で結果を出せた背景にはいつもあの人が支えてくれた声があった。
普段は感情表現をあまり形にしないあの人が一つ一つ「嬉しい」をくれたのもこの30秒だった。
「バースデーに来てくれたのが嬉しかった。」
「2ショット撮るようになってくれたのが嬉しかった。」
「思い出を記録に残してくれるのが嬉しい。」
「変人な発言をしても受け入れてくれるのが嬉しいよ」
「会話ができて嬉しいし、ハンニバルの感想が聞けて嬉しい。」
「一つだけ嬉しかったって確実に言えるのはね、ともくんに出会えたのは嬉しかった。」
「久しぶりに会えて嬉しいよ。」
「僕の話を楽しく聞いてくれてありがとう。いつもありがとう。とても楽しいですよ。」
「忙しくなってもいつも欠かす事なくシャルに来てくれて本当に嬉しく思います。」
コロナが来て、ギリギリ最後に営業していたときには本音を吐露してくれた。「今日みたいに来てくれる人がいるか分からない中でオープンしている私達は不安だったりします。そんなときに来てくれるのはとても嬉しいし励みになります。
いつもありがとう。」と眩しいほどの笑顔で笑ってくれた。
コロナを乗り越えて迎えられた移転1周年の日「本当にいつもありがとうございますって。シャルロッテをシャルロッテ足らしめていたのはともくんだと、あの時思いました。 」
と。
あの人が喜んでくれるのが世界で一番嬉しい事だから、そんなときに1番自分を好きになれた。力強く今日を戦えた。明日へ足を踏み出せた。
嬉しくて流す涙の温度を感じたとき、生きていると感じた。僕は人間だと知った。
そしていつも思った。
かぐやさんはすごいな、と。
メイドの定義は帰る場所である事だとして、物理的な場所に留まらず帰る場所を心の中に作ってくれる人。「貴方の知らない場所で私は頑張っています。僕の知らない場所で貴方は頑張っています。一緒に頑張りましょう!ね。一緒なら頑張れます」と世界の何より優しく笑う人だった。
1人じゃないんだ、と思えた。同じ世界線じゃない。でも、隣で一緒に生きていると思えた。
お月様がいつも夜を優しく照らすように、安心をくれる人だった。
どれだけすごい事なのか、きっとあの人はわかってない。
回答例や模範解答なんかじゃない
人に寄り添う言葉を自然に紡げる人だった。
「ともくんは生真面目で頑張り屋な人だから、疲れちゃうこともあると思う。画面の中だから触らないけど、」と言いながら心で優しく抱きしめてくれる人だった。
あの人が持つものが人を救える天賦の才だということを、救われた僕が知っている。
人間じゃない?感情が乏しい?
冗談じゃない。
こんなに人間な人を僕は知らない。
平熱も血圧も生きてるか怪しくなるくらい低いのにこんなに温かいのがかぐやさんだ。
1番そばにいてくれたのが、かぐやさんだった。
ずっと、守ってくれていた。
あの人が生きている世界は楽しくて愉快で、優しくて心地が良かった。
何が出来るわけもないけれど、ただこの優しい世界を僕も守りたいと心から願った。
かぐやさんと、かぐやさんの大切なものが僕の中で1番大切なものになることは必然だった。
その輝きがいつも実を結んで笑える世界を祈った。
沢山の節目があった。
学生最後の1年を過ごしたとき、「今年1年はシャルロッテがより貴方の一年に食い込んでいきますゆえ、よろしくお願いします。」の言葉に笑っていた。こんな濃密な1年を超えるものは想像出来ない。でも、きっとあの人が言うならそうなるのだろうなと期待を抱いた。
社会に出て一緒にコロナの暗い世界を生きた1年の先、「新たなる1年、かぐやでいっぱいの1年にしていってやりたいと思いますので、ぜひよろしくお願いします!一緒に素敵な一年にしていきましょう」と沢山笑いながら口にしてくれたとき、そこには信頼や僕への理解を感じた。僕の心に近寄って笑顔を見せるあの人にはもう敵わないなと思った。未来には、きっとまだまだ楽しい事が沢山あると確信した。
それから1年後。
あの人と僕は心を開いて話し合える距離にいた。動画じゃなくても沢山嬉しいを伝えてくれるようになった。1番、変化の年と言えた。
みんなと同じように、僕の事も大切に思ってくれると感じられた。近くにいるからこそあの人に見えたものも沢山あったように思う。
メッセージであの人は言った。
「私はいつも陰ながら心配していました。家族や友人、お仕事やその他のもの、大切なものが貴方にはあると。」
「ともくんが大切なものを失う事が無いように、私はいつでも待ってます。
これまではともくんの人生に食い込むと言っていたけれど、これからは寄り添っていきたいと、そういうシャルでありたいと思います。」と。
心から僕の事を考えてくれている事が痛いほど伝わった。それは正しくて、優しい言葉だった。
「わかった。大切なものを大切にするよ。」
1番大切なものに、僕はそう口にした。
僕の人生なんて、いくらでも代替可能なことを理解している。或いはそう簡単には壊れない安定を積み上げてきたから、目の前の刹那の輝きの為には多少の栄光は掴めなくなっても構わないと思っていた。逆説的に、その耐久性がこれまでの人生の意味だったとすら思った。
あの人が輝く今は、有限で唯一替えが効かないことを理解している。
僕がその傍で見守れる時間がいつ終わるのかだって。
今ある幸せの価値を理解していたから。
きっと、あの人より。
迷う余地なく、全力で今大切なものを何より大切にすることが僕の人生で1番すべき事だ。
何もかもが変わっていく世界で、たった一つくらい変わらない努力をしたい
動画を撮るとき、いつもあの人は未来に向けた言葉で30秒を締めくくる。
「またね。」
「今年もよろしくお願いします」
「また来年も祝わせてね。」
「ともくんの次回作に期待してま〜す」
「シャルロッテで待ってますので!」
「また明日!よろしくね!」
「いつもありがとう。」
「これからも僕が作ります」
「これからもよろしくね」
「お話聞かせてください。」
「一緒にシャルを愛していきましょう」
「これからもどうか末永く宜しくお願いしたいな」
「これからもシャルを、私を、愛してください。」
最後の言葉も「またね。」なメイドの文化は美しくて、優しい。
かぐやさんは最初の日から無意識にずっと僕に明日を与え続けてくれた。
メイドの天才で、天職だと僕は確信している。
その優しい「またね。」で今日の幸せが明日より先の世界にも続いていると信じさせてくれた。
優しい帰納法で永遠の幸せを証明してくれた。
だから、かぐやさんに出会えて僕は幸せなんだ。
これから先の人生も丸ごと、それは幸せなものなんだと思う。
明日もきっと、30秒の証明が僕を幸せにする。

メイドとご主人様
2018年7月 僕はシャルに出会って、ご主人様になった。
最初それは“お客さん”の代名詞だった。
なんだか烏滸がましいような呼称にそわそわしながら、段々とそう呼ばれることに慣れていった。
シャルにある空気には誰もが自然体で1番気を抜いて話せる柔らかさがあって、“ご主人様と仕えるメイドさん”という畏まった立場を意識させられることは多くなかった。家族や友人に近い感覚だった。
“メイドなんだ。”ってハッとさせられたのはいつも素敵な心遣いに出会ったときだった。
相手のご機嫌取りをする訳でなく心から相手を想って尊重する気持ちに出会ったとき、なんて美しいのだろうと思った。
ただひたすらに真っ直ぐにご主人様を想う気持ちはこの世界に無い尊いものだった。優しさや弱さを分かち合いながら小さな喜びの1つ1つを尊んでいける、そんな世界がここにはあった。
その時、ご主人様というものがなんなのか分かった気がした。
ただひたすらに相手を信じて尊重すること。
大好きなこの空間の全てが好き。そんな想いを同じくする気持ちには垣根が無い。
きっとメイドと同じなんだと思った。
それからご主人様という役割はいつしか僕の中に溶けていき、それは生き方であり在り方になった。
メイドさんが笑ってくれるのが嬉しいから、相手が喜ぶこと、一緒に楽しめることをいつも考えた。
ご帰宅してる時、仕事中、寝るとき、夢の中でさえ。色んなメイドさんと好きなものの共通項を増やしていく日々はワクワクが詰まっていたし、ふざけ合う時間には世界で1番素敵な笑顔が広がっていた。
人生の中にシャルがあるんじゃなくてシャルの中に人生があるんじゃないかとすら思った。それ程、この優しい世界で生きていたいという思いは大きくなっていた。
メイドさんには敵わないけれど、優しい人でありたいと思った。きっと誰しも優しさは持っているけれど、人一倍相手を信じてそれを行動に移せるのは自分の長所かもしれないと思えた。
メイドという理念を心の信条としているメイドさんがいた。
立ち振る舞いや所作はメイドとは何たるかを語るようで、眩しい笑顔と鈴がなるような笑い声を聞くと心から癒されて笑顔になった。
メイドとして、完璧の傍に寄り添おうとしている方だと尊敬の念を抱いた。
満足すること無くメイドというものへの強い憧れを持って前に進もうとする姿を見て、この人の物語を見ていたいと思った。
それから近くで見ていて気づいた。めちゃくちゃ頑張っているんだと。この人は最初から完璧じゃない。がむしゃらに理想へ真っ直ぐ進むとき、真っ直ぐすぎて不器用な事もあった。理想が強すぎて頭でっかちになる事もあった。
応援したいと思った。この人が理想に近づく道のりの補助輪になりたいと思った。
メイドさんは折に触れてこんなことを言う。
「ご主人様がいないとメイドはメイドになれない。」
量子力学的だなとは思いつつ、ある種ご主人様とはメイドとセットであり対を為す概念なのかもしれないと悟った。
であるなら、メイドさんのことをメイドさんだと思う事がメイドの定義にもなり得るという事だ。
良いところや素敵なメイドさんであるところを沢山見つけていければそれは間違いなく“素敵なメイドさん”という定義だということは明確だ。
どんなお給仕も気持ちも全部受け取って、しっかりその1つ1つの素敵なメイドさんであった証を形にしよう。決して偽りなく真っ直ぐに。
簡単だ。
僕の中では理想のメイドさんはあの人そのものなんだから。
沢山素敵なところを口にした。怪訝な顔をされる事も少なくなかった。確かに、客観的に見て口説いてるみたいだもんなと思った。
でもどう取られても届ける言葉の1つでもあの人の自信に繋がれば良いと思った。理想のメイドさんに近づく1歩を踏みしめられていると感じられる事が出来たら良いと思った。
嬉しいこと、幸せな事を厚かましい程に全部伝える僕は滑稽な程のオタクで間抜けだったと思う。
相手の事を思うことと相手の気持ちに寄り添うことの間にある深い溝に何度落ちただろう。
人を想うことは本当に難しいと思った。
メイドさんも同じ事を考えているのかもしれない。そう思ったら、オープンでいようと思った。逆に相手の気持ちが分からないならこちらが自分の気持ちをオープンにして寄り添おう。少なくともそこから先相手にある距離は信じるという1歩だけ。
そこが難しい事も知った。
相手がどんなに自分を褒める言葉や感情をくれても、受け取る“自分を信じる”ことが出来なければその言葉はそのまま溝に落ちていく。自分を信じることができる人間は強い。
他でもない僕自身その弱さで何度もきっと相手の気持ちを零れ落としてしまっていたと思う。
あの人の事を冷たいと感じたとき、自分のことを嫌いになっていた自分がいた。でもそれも受け取り手の弱さだと気づいたとき。同じ弱さを抱えた人間なんだと思ったとき、相手の弱さも自分の弱さも愛せる人間になりたいと思った。
それが僕のご主人様の理想像になった。
良いところばかり目を向けていた。
でも良いところも弱いところも全部愛せたなら無敵だ。
それにきっと、弱いところにこそ人の本質はあるんじゃないかと感じたから。
それが人間なんだと悟った。
五条悟になった僕が理想のご主人様になれたかというとまだまだ程遠い。
でも理想を見つけたとき、嬉しかった。
メイドさんと一緒に成長できたなら、前に進めたならそんなに素敵な事は無いと思った。
人生だ。
人としてもメイドとしてもどんどん魅力的になっていくあの人に負けられないと思う。
僕の人生に、最高の好敵手が出来た。

2021年8月22日
2021年8月22日
あの人に出会って、3年が経った。
今日もあの人はここに居て、僕もここに居た。
そんななんでもない事を記録したい。
僕の話
看板の前で立ち尽くす僕にあの人が笑顔で声を掛けてくれたあの日から目まぐるしく時は過ぎて、多くが変わった。
店の場所も移転し、大半のメイドが入れ替わり、世界はコロナ禍で一変していた。
僕自身も学生から社会人になり、2年目として1人前の責任を背負う多忙な日々を送っていた。
そんな中でも変わらないのはあの人に会いたい気持ちだった。
社会に出るとき、2年目に差し掛かる時。
あの人に決して嘘は付きたくないしどんな言葉も嘘にしたくないからと「きっと行けなくなることも、距離が出来ることもあると思う」と僕は予防線を張った。
それは感情の言葉ではなくて、伝えたい事の枕詞。
「、、だからこそ、今会えることが嬉しい。ありがとう」が主題だったけれど、その言葉は悔しくも現実の質量を持つことになる。
社会情勢による営業時間短縮。それは右肩上がりで忙しくなる日々と残酷なまでに相性が悪く、
平日ご帰宅する事は格段に難しくなった。
救いだったのはお給仕予定公開。毎週公開と同時に仕事のスケジュールを組み直した。
会えない日は、“会えない日”から“次会うための日“になった。そう思うとどれだけ困難や理不尽が振りかかろうが頑張れた。
そんな日々を乗り越えて辿り着いた会える日に優しくかけてくれる「おつかれ様。」の言葉を聞くと頑張って良かったなと思った。甘くて楽しいオリジナルカクテルを飲めば全部の疲れが吹き飛んだ。
帰り道で今日あった楽しい思い出をそっと閉じ込めた自撮りの笑顔を見返すと明日も頑張ろう、と前を向けた。
日常が仕事に染まっていくほど距離は遠くなる。
でも、それ以上にこの場所を“帰る場所”に感じられた。
結局、あの日危惧した軸がぶれる事は無かった。仕事への責任を果たしながら人生の優先順位の1番上を守ることが出来た。
何もかもが変わる中でこの場所の変わらない温もりが、この1年も僕の人生を温めてくれた。
あの人の話
2021年帰る場所に“おはなし”に足してもう1つ、色が生まれようとしていた。
その1つが、メイドの気まぐれご飯。
以前は月に数回あるかないか程度だった限定メニューを毎日提供するということ。
それは料理と縁の無いメイドさんの多いこの場所で大きな挑戦といっても過言ではない。
あの人はと言うと、阿鼻叫喚していた。
それもそう。食に興味が無いんだもの。
1日1食まともに食べれば奇跡なあの人が料理を作るなんてサバンナに雪が降るくらいの一大事だ。
今年初めてのご帰宅で気まぐれの話をすると眉間に5億本皺を寄せて、「私は作らない。。」と言っていた。
致し方ない。妥当。
そう思いつつも、目の前に現れた可能性を前にいつかあの人の作ってくれるご飯を食べることを夢見ずにはいられなかった。
だから、「でも、いつかは食べられたら嬉しいな」と呟いた。
今年初ご帰宅の1日の終わり、
あの人が口にした「今年の抱負は気まぐれご飯を作れるようになること」の言葉を帰り道嬉しく思いながらメモ帳に言質を取った。
新年、おみくじは引かなかったけれどあの人がその日占ってくれた僕の運勢は「吉田」だったから。

きっとその抱負は叶う気がした。
2月
ご帰宅するとキッチンで格闘する人がいた。
パニックになってツイッターにSOSを出してたり一緒にお給仕するメイドさん達に代わる代わる見守られる小一時間の末に、あの人はボロボロになりながらも出来上がったものを僕のところに持ってきた。

美味しかった。
優しい味がした。内側から幸せが広がっていくのがわかった。
器用で何でも出来るあの人がこんなにも無我夢中で作った料理はきっと今しか食べられない
温かさをもっていて、愛を感じた。
ご主人様の為に、そんな想いで自分の苦手意識と向き合ってキッチンに立って右も左も分からない暗闇を挫けずに前に進み続けたあの人のひたむきさが全部詰まっていた。
表に全然出さないし、奥ゆかしくて冷たく見られる事もあるあの人の真ん中にある大きな優しさを感じた。
そんな素敵な人の、人の事を想える素敵なメイドさんなところをまた好きになった。
初めての気まぐれご飯をそっと、食べログに✩5登録した。
3月

ご帰宅500回目には人生初めて、ドドリア様を食べた。相変わらず頑張って作っていたけど、「美味しい....はず。」と言っていた。普段チーズ系は好んで食べないのに、美味しくて気づいたら消えていた。
4月

肉と縁遠いあの人が肉料理を作っていた。美味しくて何度も美味しい。と言うと、それは何より。と微笑むあの人の笑顔は眩しくて、美味しい幸せが何倍にもなった気がした。
5月

アジフライの尻尾が喉元に突き立てるようにこちらを向いて出てきた。後にも先にも、料理から身の危険を感じたのは初めてだった。それを突っ込まれると知らなかったと崩れ落ちていて、そんなあの人の盛りつけも含めて最高に美味しかった。
6月

あの人の卵料理には気付けば安心感を覚えている自分がいる。甘くて優しい卵はあの人そのものだな、と思う。本当に美味しかった。
7月

順調に料理経験値積んできてるなと大船に乗った気持ちになっていたらこれですよ。
出てきた瞬間噴き出さずにはいられなかった。
魔法陣が出てきていた。めちゃくちゃオシャレだけれども。薔薇の妖精でも召喚する気?
トマトで五角形作るなwwwと散々一緒に笑っていたら学んだらしく次の人からは普通の盛り付けになったらしい。
あの人らしすぎる料理でお気に入りだった。
味はもうどこにでも堂々と出せる上品で濃厚なリゾットで成長を感じられずにはいられなかった。
8月

次第にキッチンで格闘する時間も減っていった。料理の彩りも綺麗になっていた(ミニトマトを普通に置けるようになってた)。
「美味しいよ。」ってあの人が言う。
それが、なんだか嬉しかった。
あの人の頑張りが形になっていく。成長して、自信に繋がっていく。少しでもあの人が自分を認められる事が、好きになれる事が嬉しい。何より幸せを感じられる。
美味しい。と伝えると真っ直ぐな笑顔を返してくれるあの人がいた。
「もう作らないけどね!」
そんな事を言うあの人が、きっとまたキッチンと格闘することを知っている。
想いの込もったその気まぐれはいつしか僕の幸せの形。
この場所で教わった幸せの呪文
「おかえり」「ただいま」に、
「めしあがれ」「ごちそうさま」が仲間に加わった。
僕とあの人の話
全てがあったあの日。
僕はきっと、成仏していた。これ以上の日が来ると思えなかった。
そんな僕に差し伸べてくれたあの人の言葉が、僕の光になっていた。
「向き合っていきたいと思う。」
「そして、、、少しずつ、 」
態度で何かを示してくれる。そんな淡い期待を胸にご帰宅した日、
それは文字通り形になって現れた。

ええ......そういうこと.............
まんまとしてやられた。
態度で示すんじゃなくて“態度”を示してるじゃないですか。というと鼻で笑われた。
そうして変わらない穏やかな日常は続く。
















少しづつ、
本当に瞬きすれば見逃してしまうくらいさり気なく、
あの人は感謝を伝えようとしてくれた。
僕に元気がない時は元気にしようとしてくれた。笑顔が好きと言う僕に笑顔の自分を描いたオリカクを出してくれた。
ご飯を食べると喜びを伝えてくれた。
僕も一緒にふざけ倒そうといつも面白いことを仕掛けてくれた。ストローが沢山!などと言いながらポッキーが無限に刺さったオリカクを出して「これは.....難問!」と付き合った。
〜してくださいよ。が増えた。
オリカクや自撮りでクソコラ作ってよと言われたり、今度オススメ教えてください。
とか感想教えてください。と言われることが増えた。
嬉しかった。
あの人の中に自分はいるんだと思えた。憑き物が取れていくように心が軽くなった。
フリートを楽しみにしてくれた。僕が喜ぶ姿にニヨニヨしているなんて想像もしていなかった。
「思ったことは歯に衣着せずに伝えて欲しい、お互いそんな会話も出来る関係性になりたい」とあの人が言った。
これまであの人の伝える言葉は大体が僕のオウム返しだった。僕の求めることをそのままの字面で返してくれる。それはそれで嬉しい事で、10周年見届けたいという感情を共有できたのは嬉しかった。
でも、この1年は初めてだった。
あの人が自分で僕の事を考えて、気遣ってくれている。そんな事を節々から感じた。
そんなことを感じられるご帰宅の度に夜思い返して言葉に出来ない喜びに涙が出た。
あの人は気遣いは器用な方ではないし、性格のクセも強いし奥ゆかしさも極まってる。
そんな人が頑張って考えてくれてる優しさに凄く温かみを感じられて尊いと思った。
話したいことがあったんですよ。を沢山くれた。
「友人の差し入れにお洒落なものを物色したとき全然無くて凄く大変だった。その時、ふと思ったんですよ。貴方はいつも綺麗な差し入れをしてくれるけど、凄く頑張って探してきてくれてるんだなと。
だから、、いつもありがとう。」
なんでもないような当たり前で他愛も無い日々で、それだけで他には何にも要らなかった。
そんな他愛の無い関係が過ぎ行く日々の全てだったから。
あの人のくれる言葉が、言葉にならないくらい僕の知らない色だったから。
どうしようもないくらい、人間の温もりを灯した鮮やかな色だった。
あの人が、僕に弁当を作ってくれた。
何時間も前からキッチンで格闘したというそのお弁当は何より今のあの人を物語っていた。
ちょっとしょっぱいお魚も、ちょっと固いおにぎりも、甘い卵焼きも、名前の無いサラダも、初めて使ったかにかまも。
全てが愛おしくて、
紛れもなく人生で1番美味しいご飯だった。
多分僕の人生を丸ごと幸せに出来るくらい、栄養が入っていた。

今日もあの人はここに居て、僕もここに居た。
そんな奇跡みたいな今を、ここに記録する。